まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

腑に落ちる、ということ

きっと皆さまも、一度くらいは口にしたことがあるでしょう。

『そんなこと、言われなくても分かっている』というセリフ・・・

家族や友人との会話で、もしくは会社や学校で

口にはしていなくても、心の中で思ったことがあるかもしれません。

 

何かをやろうと思っているときに限って

催促される感じで声をかけられたら

それに反応して『分かってる!』つい言いたくなります。

 

よくテレビで目にするシーンがあります。

親が我が子に対して「宿題は終わったの?」と聞き

言われたほうは面倒くさそうに

「分かってるよー!」と言い返すというお馴染みのシーン。

 

実際は「分かってる」と言いながらも、まだ行動には至ってないので

この言葉、ただの言い訳の一つになるのでしょうか。

 

私はこのセリフ『言われなくても分かっている』を高校生のときに口にして

同級生の男の子から諭されたことがあります。

『分かっている、そう言って結局出来ていないんだから

本当は分かってないんじゃないの?』と。

 

どういう経緯でそういうやりとりになったのかは、はっきり覚えていません。

ただ、あまりにズバリと直球で言い返された言葉に

二の句が継げなかったことは、長い人生の中でときどき思い出しては

私の生き方を見つめ直す良いきっかけになっています。

  

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(2月末、田んぼの片隅で今年初、咲き始めたばかりのれんげ草)

 

同じようなセリフは、よく親にも言っていた気がします。

『そんなこと、言われなくても分かってるから!』

まだ少し反抗期が残っていた頃は、負の感情ばかりがわいていましたが

結局、何にも分かっていなかったからなのでしょうね。

 

ただ、さすがに同級生から

「本当は分かってないんじゃないの?」と言われたときは

自分でもその言葉の意味は真実だということに

気付かないわけにはいきませんでした。

だからこそ、とても腑に落ちたのです。

 

理解するということは、頭で分かってもダメなのですね。

頭ではあくまでも、分かっている「つもり」になっているだけです。

 

「腑に落ちる」「腹に落とす」という表現があります。

「腑」とは「内臓・はらわた」のことで

古い時代には心は「腑」に宿っていると考えられていたそうで

心の底に落ちる、というのが「腑に落ちる」となったのでしょう。

 

腑に落ちて、やっと真の意味での理解が出来たことになるのかもしれません。

 

さて、そういうわけで言い訳にしかならないような

この言葉は二度と口にはすまい、若かった私はそう決心しました。

「言われなくても分かっている」と口にするのは

本当は分かっていない、と同じことだと思えたからです。

  

それにしても、あの同級生の男の子は(現在はかなりのおじさん?)

自分の言葉がそれほど、誰かに影響を与えていたなんて

きっと考えたこともないでしょう(笑)

 

いつか再会する日があれば、是非、私の思いを伝えたいと思います。

「言われたことはショックだったけど、有り難く思っていた」と。

さて、どんな返事が返ってくるのでしょうか。

 

 

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