まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

『感謝』の反対語って何ですか?

数日前、二ヶ月に一度の髪のカットに出かけました。

歩いてすぐのところにある美容院。

 

美容師であるAさんとは何十年にもなるお付き合いです。

私の髪の癖をよく分かっていただいているので

いつも程良い感じにカットしてもらえます。

 

Aさんは美容師でもありますが

実は本音が話せる貴重な友人の一人でもあります。

いろいろな情報を交換したり、心の世界の話も含めて多岐にわたって

お話することが出来るので、本当に有り難い存在です。

 

そんなAさんから『「感謝」の反対語って知ってますか?』と聞かれ

しばらく考えたものの、全く浮かんできません。

「感謝」の反対語、皆さまは何だと思われますか?

 

答えは「当たり前」だそうです。

「感謝」つまり「ありがとう」の反対語になるようです。

 

(※反対語辞典によると「感謝」の反対語は「怨嗟」にもなっているようですが

「当たり前」も「怨嗟」と同じく対義語になっているようなので

今日は「当たり前」を使います)

  

考えてみると、何でも当たり前と思っているときは

そこに感謝の気持ちは浮かんでいないのかもしれません。

もっと追求すると、当たり前とも思っていない

考えることすらしない場合が多いのかもしれません。

 

例えば、息をしていることもそうですよね。

空気を吸って酸素を取り入れて、人は生きていられるわけですが

息を吸うことの意味を考える、殆どそんな機会はないでしょうから。

 

人間の身体も、心臓を始めとする内臓、ほかいろんな細胞が

一瞬たりとも休むことなく、動いていることで生命を維持していること

誰もが知ってはいても、そこに意識を向けることは

普段はなかなか、ないと思います。

 

息を吸うことが出来る、内臓が動いているから生きていられるなど

身体が動くのは「当たり前」のこととしか思っていません。

 

考えようによっては、もちろんそうなんですが

ただ、その「当たり前」が実は奇跡のような出来事の積み重ねの上で

成り立っていることを知るとき

生かされている有り難さに感謝の思いが溢れてきます。

 

f:id:mannaka2:20210213173120j:plain


 

・雨露が凌げる家でゆっくり眠ることが出来る

 

・お腹が空けば食べるものがある

 

・自由に行きたいところへ行くことが出来る

 

・読みたい本を読むことが出来る

 

・収入を得る術、仕事がある

 

・美しいものを美しいと感じることが出来る

 

・お喋りをする相手がいる

 

・テレビを観ながら笑うことが出来る

 

・思うように思索に耽ることが出来る

 

・電化製品や文明の利器を享受出来る

 

まだまだ、たくさんあるでしょうけど

当たり前だと思っていることは、どれも有り難いことばかり。

もちろん、そんな日々の積み重ねに深い感謝の気持ちを持っている方も

たくさんいらっしゃるはずです。

 

私が書いていることは当たり前過ぎ!と

突っ込まれるかもしれませんね。

 

そうなんです、私もいろんなことに感謝する気持ちはあるのですが

つい忘れてしまいそうになるんです。

 

毎朝、神棚と仏壇に手を合わせるときは

必ず「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えるのに

日々の雑事が始まってしまうと

もう「当たり前」の連続の日常になってしまう!

 

自分で自分に言い聞かせようと思って今日は書いています。

 

美容師のAさんとも、そんな感じで

「感謝」と「当たり前」の話をしました。

 

そして、そういう話が出来る相手がいることに感謝しなきゃあ

ということで話は盛り上がり

緊急事態宣言が明けたら、一緒にどこかに出かけようね、と

約束をして帰宅しました。

 

 

当たり前のことに感謝出来たときに、未来が開けてくる

そんな気がします。

 

 

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村