まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

私にとっては究極の断捨離だったこと

『断捨離』に興味を持つ人も多いと思います。

そもそも『断捨離』の意味は

モノへの執着を捨てる、というヨガの思想に基づき作られた言葉ということで

「断行」「捨行」「離行」という教えの接頭字だとか。

 

「断行」とは、入ってくる不要なモノを断つ。

「捨行」とは、すでにある要らないモノを捨てる。

「離行」とは、モノへの執着から離れる。

という意味になるそうです。

 

私が「断捨離」に興味を覚えるきっかけになったのは

『ガラクタ捨てれば自分が見える』という本を読んだからです。

アマゾンの履歴によると購入したのが2004年なので

随分前になりますが、この本も誰かに貸して返って来ず

今は手元にありません。

 

副題が「風水整理術入門」なので、当時、風水に興味があった私は

この言葉に飛びついて購入したものと思われます。

(風水でも、まず一番大切なことはお掃除することだと言われています)

 

その後「時間の管理術」「視点を変える」などの新しい章が加わり

改訂版としての本も出版されたようです。 

 

www.amazon.co.jp

 

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「断捨離」という言葉は

2010年の流行語大賞にノミネートされていたようです。

もうすでに10年以上も前のことなのですね。

 

今でも「断捨離」に関する本、テレビ番組やYou Tubeも多いようですが

例えば服を処分する際に、手にとってワクワクするかどうか

が判断の基準になる、そんなこともいわれています。

 

私は、服に関しては今後着る機会があるかどうかも考えますが

二度と着ないと分かっていても

処分はしないで取っておきたい服というのがあります。

 

それは思い出がたくさん詰まった服です。

一生の記念になったような服とでもいうのでしょうか

そんな服はせいぜい1~2枚なので、クローゼットの邪魔にもなりません。

 

思い出の服は写真に撮っておいて、その後処分するという

考え方もあるのは知っていますが

まあ、それは人それぞれが決めればいいことですから。

 

最近は断捨離=お掃除してモノを減らし、気持ちよく暮らす

そんな感じで使われているようですが、それは「捨行」のこと。

「断行」の入ってくる不要なモノを断つこと、と

「離行」のモノへの執着から離れること、には

なかなか目がいかないのが実情です。

 

私にとっては「モノ」の断捨離はもちろんのことですが

それに加えて、「情報」や「人間関係」などの

心理的な(精神面での)断捨離を考えたことがありました。

 

今ではあまり耳にすることもなくなりましたが

今のように「Twitter」や 「インスタ」「フェイスブック」がメインになる前

「mixi」に参加されてた方も多かったのではないでしょうか?

 

私も以前に、ブログと同時進行で「mixi」をやっていたのですが

楽しい反面、だんだんと煩わしさを感じるようになり

数ヶ月の間、退会しようかどうか迷い続けていたら

決断のきっかけになるような出来事が起こりました。

 

その出来事はプライベートなことなので略しますが

「退会してもいいよ」と言われた気がしました。

そして「mixi」以前からネット上でお世話になっていた数人の方にだけ

退会のご挨拶の連絡をしました。

 

その中のお一人からいただいたメッセージが

「一つやめることで、別の何かを手にすることが出来る。

やめないと、気づかないようなこともあるような気がします」

というお言葉で、あたたかく、優しく背中を押してもらったようで

退会したあとの一抹の寂しい気持ちが楽になりました。

 

この出来事は私にとっての『究極の断捨離』だったような気がします。

 

 

執着から離れることが出来たら、平穏に暮らせるだろうとは思いますが 

そう簡単にはいきません。

見方によっては執着があるからこそ、生きるチカラになることもある

とも言えるかも知れませんが。

 

 

 

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