まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

わたしはわたしの道を創っていこう

私は福岡在住ですが出身は九州の他県です。

同郷の中学時代の同窓生が何人か福岡に住んでいるので

以前は時々会ったりしていましたが

さすがに最近は思うように会えません。

 

その中の二人の友人のことをずっと羨ましいなあ、と思っていました。

一人は、最近体調不良のために退職しましたが、長年高校教師をやっていました。

もう一人は看護師で、研修のためにしばらく海外に行ったりするほど

その分野では活躍していた様子です。

 

希望の仕事に就くためにきっと二人とも努力したでしょうし

仕事に就いたあとも、かなり頑張らなければならないことも

多かったことでしょう。

今のように産休や育休が取れる時代ではありませんでしたから。

 

かくいう私はいろいろな職業に携わって来たものの

過去記事でも書いたように事務系の仕事だったり

接客販売の仕事だったりで、一つの仕事をやってきたわけではありません。

 

本当は何かこれといった仕事を成し遂げる、といったら大げさですが

自信を持ってこれがある、と言えるような職業に就きたかったのですが

思うようにはいきませんでした。

(何も一つの仕事を続けることだけを良しとしているわけではありません)

 

転職したのも、私の都合というより会社の都合によるところが多く

嫌になったからというような理由で

辞めることになったわけではありませんが

それは始めから長く続けようと考えて職業を選ばなかったのだから

自分自身の責任ということにもなります。

 

ただ、それに関して何か努力することをしたかと問われれば

情けないけれど『NO』と答えるしかないのが本当のところです。

  

なんだかんだいっても

今さら過去は変えられないし後悔しているわけではありません。

自分ではそれなりに頑張って生きて来たので

本当は少しばかりは褒めてあげてもいいかなあ、とも思うのですが

単に、隣の芝生は青く見える、無いものねだり

というだけの話なのでしょう。

 

f:id:mannaka2:20201218215201j:plain

 

そういう話を先に書いた友人二人にしたことがあります。

一つのことをやり遂げるという意味で

とても羨ましいと思っているということを伝えると

その二人は逆に私のことが羨ましいと言うのです。

 

『だってharumiちゃんは、いろんな仕事をしてきたんでしょう?

ということは、これからだってそれが出来るということ

私たちは、たった一つの仕事しか出来ないから

それを失ったら、たぶんほかには何にも出来ないと思うよ』

 

逆に生き抜く力があるのは私のほうだと言ってくれるのです。

その言葉が本音なのか、私に気を遣ってくれたのか

そのどちらもありなのか、は分かりませんが・・・

 

そういえば、娘の同級生の一人がプロのサッカー選手になり

一時期はJ1で活躍していました。

あるとき、その同級生のお母さんと偶然会ってお話したことがあります。

 

『凄いね~!プロのサッカー選手だなんて』と言った私に

『とんでもない!首を切られたらただのフリーターよ』

と曇った顔で予想外の返事が返ってきました。 

物事の受け取り方は立場によって、こうも違うのだと思ったものです。

 

一口に転職といっても 、スキルアップしながらの場合もあるでしょうし

やむを得ない事情で

泣く泣く仕事を変わることになった方もいらっしゃるはず・・・

 

人にはそれぞれ違った役割、違った生き方があるので

何をもって良しとするのかは、自分で決めるだけのことなのでしょう。

 

行こうとした道が、行く道とは限らない。

 

行った道が、行く道。

 

選ぼうとした道が、選ぶ道とは限らない。

 

選んだ道が、選ぶ道。

 

歩いた道が、歩く道。

 

歩こうと思った道が、道とは限らず、

 

道は、心が感じるまま進むがよく、

 

道があればその道を、道なき時には道を創り

 

ただ進んでいくのみ。

 

進んだ道の後ろに、道はできていく。

 ジュン・アレフ著 『創造力の翼』より

 

 

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村