まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

深層心理はとうてい計り知れない

時々車を運転していると

前を走っている車の運転席から、タバコの吸い殻がポイッと

道路に投げ捨てられるときがあります。

それは別に車だけのことではなく、歩いている人も

同じような行為をしている場面を目にすることがあります。

 

その傍らで、道路の片隅に落ちている吸い殻を掃除している人も

ときどき見かける光景です。

私も以前働いていた会社で外回りの掃除をする際は

駐車場に落ちているタバコの吸い殻を拾っていました。

 

毎日毎日、吸い殻が落ちていない日はありませんでした。

きっと今も日本全国で、多くの人が吸い殻などのゴミをポイ捨てし

別の多くの人が、その落ちているゴミを拾うという行為を

繰り返しているのでしょう。

 

掃除をしている側は、あまりに当たりまえのことなので

たぶん、ただ黙々と自分の仕事をこなしているだけかもしれません。

 

深くは考えずにやってしまう行動は

人間だったら、誰もが一つや二つあると思いますが

ただ、このゴミ(特にプラスチック)のポイ捨ては

今や世界的な海洋汚染となって

地球規模で取り組まなければならないほどの

大問題になってしまいました。

  

「ゴミを捨てるのは止めましょう」

そんなことを言いたいわけではありません。

(わざわざ言わなくても当然過ぎることなので)

  

登山家の「野口健さん」が清掃登山をされているのは有名な話ですが

それに対して批判の声が上がっていることを知りました。

私はただ良いことをされているなあ、と思っていただけでしたが

受け取り方によっては、そう感じない人もいるのですね。

(ここではそれについて、詳しくは論じないことにします)

 

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人間には性善説と性悪説があります。

もちろん、どちらかに決める必要はないのですが

私は基本的に「人間の本質は善であって欲しい」そう願っています。

ですが世の中を見渡すと、そうとばかりは言っていられないことが

わかります。

 

たぶんそれは陰陽の法則から言っても

世の中が「善」だけの世界には決してなれない

善と悪が混濁しているのが、この世界ということなのかもしれません。

 

答えがないことを、あれこれ考えても仕方ありませんが

たとえそこに「学び」があるにしても

善とは反対の世界を体験するのは、とても辛いことです。

 

私は社会人になってから初めて「イジメ」を体験しました。

職場でも何度かありましたし、いわゆるママ友の関係でもありました。

 

一口にイジメと言っても千差万別でしょうけど

私の場合は単なる「意地悪」程度だったので

自分に非はないことを信じ毅然とした態度でいたら

いつの間にかイジメがなくなっていく・・・ということで

深く傷つくこともなく済みました。

 

それでも、大人の世界でのイジメにはそれなりにショックを受けました。

会社の中でのイジメがあることは、今では誰もが知るところとなりましたが

そんなことでは、子どもの世界でのイジメがなくなるわけもなく

何ら解決の糸口が見えないことにはジレンマを感じます。

 

イジメや争い事が起きるのは想像力の欠如だと

私はずっと思っていました。

よく相手の立場に立って考えよう、と簡単に言われますが

それが出来ないから揉め事が起こるんだと考えていたのです。

 

でも、その考えは少し見当違いではないかと

最近は思うようになりました。

相手が嫌な思いをすることは、きっと誰もが想像出来るのです。

そして嫌な思いをしている相手に対して

優位な立場の自分を『快』に思って満足する・・・

そういう心理になる人もいるということです。

 

最近では「マウンティング」という言葉も

頻繁に使われるようになりました。

私たちの心の中には、誰もが人より優位に立ちたいという気持ちが

眠っているのかもしれません。

 

それは単純に「善」とか「悪」に分けられることではなく

あくまでも個人に任された部分での

選択にしか過ぎないようにも思います。

 

この地球で生きるということは、そういうことも全て含んで

自分の道をどう作っていくのか、まさしく試されている

そんな気がします。

 

 

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