まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

私が想う大切にしたいもの

年末が近づくにつれ『師走』という言葉を頻繁に耳にするようになりました。

12月が「師走」年が明けて

1月は「睦月(むつき)」2月は「如月(きさらぎ)」

それぞれの月の呼び名が日本にはあります。

 

とても美しい言葉だなあ、と思うのですが普段は特に意識していないので

よくクイズ番組で「◯月は何というでしょうか?」という問題に

はて、と考え込む自分が少々情けないと思うことがあります。

 

せめて12ヶ月の異名ぐらいは

簡単に答えられるぐらいになりたいものですが

やはり普段から使わないと記憶には残りにくいのかもしれません。

 

ほかにも、最近のクイズ番組では四字熟語や諺なども

よく出題されますが、特に若い世代においては死語となりつつあるようです。

古来から伝わる「日本語の妙」というのがどんどん淘汰されていっている

気がしてなりませんが、それはただの杞憂に過ぎないのでしょうか。

 

ほかにも日本には『二十四節気七十二候』という季節の分け方があって

一年を立春から大寒まで二十四等分したのが「二十四節気」

その二十四節気をさらに三つの季節に分け

一年を七十二等分したのが「七十二候」とされています。

 

たぶん昔は農業を営むにあたって

そういう言葉が身近なものだったのでしょうが

旧暦から新暦になり私たちの生活もいつの間にか

自然から離れてしまうことになって

ピンと来なくなってしまったのかもしれません。

 

節分も今では2月の豆まき、恵方巻を食べる

というカタチで残ってはいますが

本来は「季節を分ける」つまり立春・立夏・立秋・立冬の前日

それぞれの季節で4回あるのです。

 

旧暦でいうところの大晦日が立春の前日になるため

特に重要だったということで、2月の節分が今も残っているようです。

 

今の時期に七夕のことを書いても季節感がないのですが

7月7日といえば七夕ということで

特に小さなお子さまがいらっしゃったら、七夕飾りを作り

夜の星を眺め、織姫や彦星に思いを寄せるご家庭も多いでしょう。

 

私が子どもの頃の七夕は旧暦にあたる8月に

家族総出で取り組む行事の一つでした。

願い事を書く際は、ちゃんと硯で墨をすり筆を使って書いていました。

 

この墨をするときに使う水は里芋の葉にたまった朝露を使うのだと

父から聞いた覚えがあります。

実家の畑にも里芋があって、確かにその葉っぱに雫がたまっているのは

よく見ていたので、簡単に朝露は集められたと思います。

 

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今ではそんなことが出来るのは日本広しといえども

極一部の方たちでしょう。

時代が進むにつれ、昔から伝わる良き伝統、言い伝えが

過去のものになっていくのは仕方のないことでしょうか。

 

いつの間にか『ハロウィン』も日本中に拡がり

その意味を知らずとも、ニュースで流れるのが当然になりました。

そうです、「時」の流れと共にいろいろなことが移り変わっていく

それに対して抗うつもりはありません。

旧い時代が今より良かった、とも言うつもりはありません。

 

ただ昔から伝わる「美しい言葉」「意味がある習慣・伝統」

まるで流行遅れのような扱いになることを

仕方ないこととして、受け入れることに抵抗を感じるのです。

 

時の流れは、日を追うごとに早くなっているように感じます。

宇宙や地球の長い歴史から見たら

私がこのブログで書いている戯言など、どうでもいいこと。

それでも砂よりも細かな、目には見えないようなものの集まりで

私たちの歴史は作られていくのですね。

 

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