まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

夢が教えてくれた出来事

私はよく夢を見ます。

いえ、夢はみんなが見ているわけなので

夢をよく覚えている、と言ったほうがいいのでしょうか。

  

あまりにリアルな夢を見たときは

朝起きたときに少々頭の中が混乱気味です。

どこまでが夢で、現実かどうかの境目が一瞬わからなくなるからです。

よく「虫の知らせ」と言いますが

今日は、夢でそういうメッセージを受け取ることもあるという話です。

 

もういい加減、青年期を過ぎてしまった息子が小学生の頃の話です。

その頃に「ママ友」という言葉があったかどうか覚えていませんが

いわゆる息子の同級生のお母さんと親しくなりました。

 

彼女はどこからどうみても外国人(ヨーロッパ系)で

海外にも長く住んでいたようですが

九州生まれの九州育ちとあって、話す言語は英語流暢な「博多弁」

 

物怖じしない性格が私と似ていて、意気投合し

家族ぐるみの付き合いになりました。

彼女の旦那さまが日本人ということもあり、気楽なお付き合いでした。

子育ての話、学校の話など、会わないときは

電話でも長話をよくしたものです。

 

一生の友だちになれるのだろうな、と感じるようになった頃

私にとってはまさに「青天の霹靂」とも言えることが起こりました。

なんとご主人の仕事の都合で

彼女が引っ越ししなければならなくなったのです。

それも引っ越し先というのが「南アフリカ共和国」

ちょっと行ってみようか、とはならない遠い遠い国ではありませんか!

 

泣く泣く彼女を見送り、それからの連絡手段はFAXでのやり取りとなり

頻繁とまではいかないにせよ、南アフリカでの面白い出来事を知るようになった私は

遠い地に住む彼女との友情に、それなりに満足していました。

 

そんな関係がずっと続くと思っていたのに、それから数年が経ち

ある日パッタリとFAXでの連絡が取れなくなってしまいました。

心配の気持ちが膨らみ始めた頃、彼女の夢を見ました。

その頃私が勤めていた会社に彼女が現れて、私に泣きついてきたのです。

 

夢から覚めて、何かあったに違いないと感じた私は

引っ越す前に、いざというときのためにと教わった

日本での連絡先に電話を入れました。

やっと繋がった先で、彼女が日本に帰国していることが分りました。

そして無理して連絡を取ってもらい、直接話しが出来たのは数時間後のことでした。

 

ゆっくり話すのは数年ぶりでしたが、その話の内容に

私はどう返事をしてよいやら

「二の句が継げない」とはよく言ったものです。

彼女のプライベートにかかわることなので、ここでは書きませんが

想像を絶する大変な状況に巻き込まれ、着の身着のまま何とか帰国したとのこと。

何度も自分で自分の命を絶とうとしたこともあったようで

精神的にも不安定のようでした。

 

私に話すことで少しは彼女の気持ちが落ち着いたのであれば

幸いだったのですが、こういうときにどう声掛けをすれば良いのか

情けないことに私はうまく言葉が出てきませんでした。

長い長い話が終わり、又福岡に行くことがあれば連絡するね

という彼女の言葉に、待ってるからね、と返したのが最後のやり取りです。

 

結局、その後はお互いに連絡することもなく現在に至ります。

こちらから連絡することが迷惑になるような気がして

時が過ぎてしまいました。

何となく彼女のほうからの連絡がないということが

私に対する「答」のような気がしたからです。

 

長年続くと思われた友情がこういうカタチで失われたのは残念ですが

今もこの世界のどこかで彼女が笑って暮らしている姿が

ときどき、頭のなかに現れるので

縁があったら、いつか再会する日が来るのかもしれません。

 

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