まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

『何となく』・・・さりげないけど実は意味がある?

氏神さまへ月初のご挨拶に行くということで

昨日の記事は終わりにしました。

今日はその続きで始めたいと思います。

 

氏神さまについてはいろいろ見解があるようですが

今自分が住んでいる地域をお守りいただいている神社

というのが私の捉え方です。

日本の国土、国民を守っていただいているのが

『伊勢神宮』ということになりますね。

 

☆余談ですが、ご自分の氏神さまは各都道府県にある神社庁

 電話してお尋ねしたら(自分の住所を伝えて)分かります。

 

私は特に決まった宗教を信仰してはいませんが

実家ではお仏壇はもちろん神棚、大黒天さまもお祀りしていたので

特に何かきっかけがあったわけではなく

自然に神棚を置くようになりました。

 

日本ならではの「八百万の神」という

自然界に存在するいろいろなものに神が宿っているという

神道の捉え方が私は好きです。

 

かといって仏教も嫌いではありません。

ウォーキングの途中、川沿いの一角に「大日如来さま」の像が

鎮座されているので、手を合わせるのが日課となっています。

 

さて、前置きが長くなりました・・・

秋にしては動くと汗ばむ陽気の中

氏神さまにご挨拶して晴々とした気分で

帰りの道を歩き出しました。

 

我が家から氏神さまへ行くのには

裏道(住宅街)と表道(国道沿い)があって

普段は静かな裏道を往復するのですが

昨日は何故か、『何となく』国道沿いを通って帰ろう

そう思い立ちました。

 

あと数分で帰り着くなあというとき、ちょうどそこにコンビニがあって

店内から出て来たサングラスとマスク姿の男性に

見覚えがある気が!

そうだ!もう十年以上も前に働いていた職場の同僚?!

(厳密に言えば後輩に当たりますが)

思わず「◯◯さんっ!」と声が出てしまいました。

 

彼は即座に振り向き「あれっ!harumiさん!」と

すぐに気付いてくれました。

私は日除けも兼ねてのつば広の帽子にマスクという出で立ち

お互いによく判別したものです。

 

私が辞めたその会社でもちろん彼はまだ働いています。

その会社では営業事務で12~13年働いていました。

良く言えば、和気あいあいとした社風で

もちろん嫌な部分もあると言えばあったのですが

良い部分が多かったから長く勤められたのでしょう。

 

本来ならば定年まで働くつもりでいた会社でしたが

誰も予測していない突然のM&A(合併と買収)という発表があり

買収される側の会社にいた私は怒涛の渦に巻き込まれて疲弊し

結局辞めることを決断しました。

 

私だけでなく何人もが同じ道を辿りましたが

残った人たちも、いろいろ大変だったと聞きます。

そういう経緯があったので、バッタリ再会した彼とは

その後どう?という内容での立ち話。

 

そして彼が言うには最近街中で私に似た人を見かけ

「harumiさんのことを思い出していたところでした」と。

その言葉に満更でもなく嬉しい気持ちになったのは

言うまでもありません。

そして、そこまで長い会話ではありませんでしたが

では又ね、元気でね、とその場を後にしました。

 

そして、何となく帰りの道を変更したのは

意味があることだったのかな、ということに気付きました。

その何となくと思って行動したことで

思わぬ再会が出来、私は心が和み温かい気持ちになれたのです。

 

日頃、何となくと思うことはよくあります。

というより無意識で、何となくで、生活しているのが普通という感じです。

でもこの『何となく』という、どこからやってくるのか分からないけど

それとなく確かに向かうところを指し示してくれる感覚を

大切にしたいと思った出来事でした。

 

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