まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

運がいいってどういうこと? その2

もう随分前の記憶なので定かではない部分がありますが

パナソニックの創業者でもあり、経営の神様とも言われる

松下幸之助氏

新入社員の就職試験で最終面接の際に

『あなたは運がいい(強い)と思いますか?』という質問で

採用の不可を決めていたという話は有名です。

 

どんなに頭脳明晰でも、どんなに性格が良くても

「運が悪い」と答えたらアウトだったんですね。

そうして採用していた人たちの活躍?で

売り上げが格段に伸びた時期があったという話。

 

もし私だったら、何と答えたかなあと思うのですが

たぶん迷うことなしに

「とても運がいいと思います」と答えたと思います。

運がいいってどういうことか説明しなさい、そう言われたら

以前の記事でも書いたように

 

mannakade.jp

 いろいろな出来事があるけれど

見方を変えるだけで、すべてのことが運がいいと思える

捉え方が出来るから・・・とでも答えるでしょうか。

 

さて、私はもちろん運がいいほうだと思っているんですが

宝くじに当たったこともなく

(めったに買うこともないので、当然当たりませんが)

特別に恵まれていることもなく

(ただ唯一、人間関係では恵まれていると思っています)

生きてきましたが、なぜかラッキーと思える出来事が多い

と感じています。

 

私にとってラッキーな出来事とは、良いことが起こるんじゃなくて

ギリギリ困ったようなときに助けてもらっている

そんな感覚があるからです。

 

時々聴くFM福岡のパーソナリティーのNさんが

ある日の放送で、私と同じように

「自分自身をラッキーな人間だと思っている

というお話をされていました。

 

それに対してリスナーの一人が

「私はアンラッキーな人間ですが

いったいラッキーな人とアンラッキーな人の違いは何でしょうか?」

という質問をされたのです。

 

その質問にNさんは

「違いはないと思いますよ、たぶんラッキーだと思っている人は

ラッキーな出来事に目を向けていて、アンラッキーだと思っている人は

その逆なんですよ」

と答えられました。

 

なるほどね、実は私もNさんと同じように考えていたことに

そのとき気付きました。

 

もし、何かアンラッキーなことがあっても

これは何か意味があることかもしれない

かえってこれが良かったのかもしれない

というふうに考えてしまうのです。

 

何も無理矢理、ネガティブなことをポジティブに変換しているわけでなく

私の中の針の揺れが自動的にポジのほうを指す

そんな感じです。

 

というわけで時々私に対して

「どれだけポジティブなんですか?」

という質問をしてくる人がいますが

私にとってはポジティブに捉えていると思われていることが

普通のことになってしまった感があります。

 

ネガティブが悪いこととは思っていません。

落ち込むことだって、もちろんあります。

そういう時は、よし思いっきり落ち込もうと

腹をくくります。

落ち込んでも、まっいいか、と思うようにします。

『極に至れば極に転ず』というのも

私の信条の一つなので・・・。

 

最後に

ラッキーな人はラッキーなことを選択してて

自分のことを運がいい、と思っている。

アンラッキーな人はアンラッキーなことを選択してて

自分のことを運が悪い、と思っている。

とも言えそうですね。

 

まあ、それ以前に

何をもってラッキーになるのか?

何をもってアンラッキーになるのか?

良いも悪いもないのだったら、ラッキーもアンラッキーも

ないってことになりますから。

 

生きるってことは、いろいろなことを体験して

さまざまな感情を味わうこと。

それが醍醐味とも言えそうです。

 

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