まんなかで・・・

サラサラと流れる川のごとく中庸で生きていけたらいいですね

「限りない欲望」と幸せのカタチ

井上陽水の歌に「限りない欲望」というのがあります。

ウン十年も前にリリースされた歌ですが

時代に関係なく、良い歌というのは

いろんなメッセージを与えてくれます。

 

『ずっとずっと欲しいと思っていた靴を

やっとの思いで手に入れ

そのときは大満足だったのに

しばらくしたらショーウインドウに

飾ってある別の靴が欲しくなる』

 

『若いときに大好きだった人と

やっとの思いで結ばれた

でも結婚式の当日に指輪交換するとき

その指が見飽きたような気持ちになり

いやになる』

 

簡単にいうとそんな内容ですが

もう私は絶望的なショックを受けました。

まだまだ純粋で、大人になんかなりたくない

などと正義感を振りかざす

あまっちょろい若者でしたので。

 

さすがにウン十年も過ぎた今では

あの歌詞の意味が痛いほどに理解出来ます。

 

物質的にも精神的にも

人はいつも何かを手に入れることを望んでいます。

もちろん、その欲望こそが世の中の発展の原動力となり

私も享受している

すごい文明を築いてきたのでしょう。

 

欲望が悪いというわけではありません。

ただ、私たちは、その欲しい「何か」が手に入ったら

今よりずっと幸せになれる、そう錯覚しています。

 

その「何か」がお金や服などの物でないとしたら

例えば、もう少し美人だったら、もう少し痩せていたら

もう少し頭がよかったら・・・

たくさんの欲しい「何か」を追い求めているわけです。

 

そして念願の「何か」を得られた直後は幸福感で

いっぱいになることでしょう。

あ~、なんて幸せなんだ!と。

 はたして、その気持ちはどのくらい続くのでしょうか。

 

そんな幸せなんて

きっと手に入れたとたん色褪せるもの

儚い幸せはスルリと手の中から

こぼれてしまいそうですね。

 

欲しいものを手に入れることではなく

何もなくても、今生きていることが幸せ。

特にいいことがあったわけじゃないけど

今日も無事に一日が終えられることが幸せ。

贅沢をすることでなく

普通のご飯を食べることが出来る幸せ。

ゆっくりとお風呂に入り

身体を休めることが出来る幸せ。

 

たぶん私たちが思っている通の幸せは

失くしてみないと気付かないのでしょう。

 そんな普通の幸せこそが色褪せないで

ずっと感じていられる幸せなのかもしれません。

 

幸せになるための方法論が

本でもYouTubeでも人気のようですが

幸せって

なるものではなく気付くもの

ではないかと思うのです。

 

「幸せになりたい」と思うのは

今は幸せではない、そう言っているのと同じです。

幸せは今ここにあるもの、気付くもの・・・

 

もちろん幸せのカタチなんて

人によって違っていいんですけどね。

 

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